No.148『まず、自分の楽しみを見つける』
人生の豊かさの指標は、まさしく対人関係であるといってもよいでしょう。
幸せであるということは、とりもなおさず良好な人間関係に恵まれているということを指します。
どれだけ経済的に豊かであっても、皆から嫌われている人は不幸ですし、社会的地位は低くても、いつもまわりに笑顔を振りまき、多くの人から慕われている人は幸せです。
また、ストレスというものの大部分も、対人関係に起因します。
リストラの憂き目にあったり、経営する会社が倒産したりして、うつ病になってしまう人は、生活の糧を失う不安よりも、自分が誰からも必要とされなくなることへの怖れによって心を病んでしまうのです。
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幸せな人は、豊かな対人関係を築いています。
しかし、そういう人は、よい対人関係を築いたから幸せになれたのではなく、幸せな人生を送っているからよい対人関係に恵まれたのです。
対人関係をよくすることによって幸せになろうとすることは、主客転倒です。
人生に希望も目標ももてないから、せめてよい友人を見つけようとして焦ったり、よい恋人を見つけることによって虚しい人生からの一発逆転を狙おうとしたりすることは、ほとんど失敗に終わるといってよいでしょう。
自分の人生に満足していないのに、友人や恋人を求めることによってそれを埋め合わせようとすることは、悪くいえば、他人を利用しようとしているということです。
「どれだけ自分を認めてくれるか」という点だけで他人を品定めし、つねに他人に執着し、ないがしろにされたときには激しい怒りを感じてしまいます。
そういう人と付き合い続けるには、相当の忍耐力と寛大さが要求されるでしょう。結局、他人は皆、うっとうしがって離れていくことになるのです。
豊かな対人関係を結ぶということは、あくまで、自分なりに充実した人生を送っていることの結果としてえられるものです。
共通の趣味をもっている人とは、特に対人関係ということを意識しなくても、趣味の話題で盛り上がることはできるでしょうし、仕事で同じ目標に向かって努力している同士とは、自然に仲間意識をはぐくむことができるでしょう。
対人関係を結ぶには、何らかの媒体が必要なのです。
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「つねに他人に依存していなければ淋しくて仕方がない」という人は、淋しさそのものよりも、他人から「友人のいない淋しい人間」だと見くだされることを怖れているのです。
「他人からどう思われるかによって自分の幸福度が決まる」と考えてしまっていることが原因です。
「自分の幸福は、自分で決めるのだ」と考えを改めなくてはなりません。
豊かな対人関係を結ぶためには、まず、仕事でも趣味でも、自分の好きなことを見つけ、充実した人生を送らなければなりません。
「ひとりでも、充分に楽しい」という人が、結果的に多くの友人に恵まれるのです。
「好きなことが見つからない」という人は、やはり「他人からどう見られるか」にこだわってしまっているのでしょう。
好きなことに熱中するという目的そのものよりも、「それによって、他人から評価されるか、どうか」を気にかけてしまい、「評価されないのであれば、やっても仕方がない」と考えてしまうのです。
他人への嫉妬、対抗意識から、「自分が楽しいと思える人生」ではなく、「他人の目に楽しそうに映る人生」を目指してしまっているのです。
「他人からどう評価されるか」を気にすることによって、他人からの評価が上がることは、絶対にありません。
他人から慕われ、よい評価をえられる人とは、「自分の人生を楽しんでいる人」です。
幸せな人生を送るためには、当たり前のことですが、「自分が楽しむ」以外にないのです。
(おわり)