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たかたまさひろ(著)

こころのおそうじ

たかたまさひろ(著)

こころが休まる本

たかたまさひろ(著)

No.293『自分のことは自分で決めてもよい』

これは、つねに他人の目を怖れ、自分を押し殺して生きてきたAさん(男性、25歳)の物語です。
Aさんには、「うれしい」「楽しい」「悲しい」などという感情が希薄でした。
子供のころから、自分の感情を自分のものだと感じられず、「こう感じるべき」と他人に要求され、与えられるものだと思ってきたのです。

Aさんの父親は仕事一筋のエリート会社員で、ほとんど家庭を顧みることはありませんでした。
母親は、我が子を父親のような立派な人間に育てなければならないという義務感から、また、家庭をひとりで任されているという淋しさから、Aさんにべったりと密着し、あらゆることに干渉し、世話を焼きました。それが母親の愛情だと思い込んでいたのです。
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Aさんは、懸命に母親の期待に応えようとしました。
Aさんにとって、人生のあらゆることは、「他人から与えられるもの」であり、「他人から評価されるためのテスト」なのでした。
受験勉強も「やる気のあるふり」をし、名門大学に受かったときも、一流企業に就職が決まったときも、「よろこんでいるふり」をして、親をよろこばせました。

大学生のときには、一応、彼女もできました。
交際を申し込んだのはAさんのほうでしたが、別に彼女のことが好きだったわけではなく、彼女が何となくAさんに気のある素振りを見せたので、「期待に応えなければならない」という義務感で付き合いはじめたのです。
そういうわけですから、「彼女をよろこばせなければならない」「男らしいところを見せなければならない」と焦るばかりで、恋愛を楽しむどころではありません。結局、付き合いは長続きせず、彼女は離れていきました。
Aさんは、ただ彼女に振り回され、だまされたような気になって、屈辱と無力感に打ちのめされました。

就職して2年ほどたったころ、無理に無理を重ねてきたAさんの心が、ついにひび割れを起こしはじめます。
職場になじめず、仕事にやりがいももてず、ミスをしては上司に叱られる毎日。みんなにバカにされているような気がして、会社に行くのが怖くなってしまったのです。「他人の期待に応えられない」ということは、死ぬほどの恐怖でした。
Aさんは、両親に何の相談もなく、勝手に会社を辞職してしまいました。

両親はおおいに嘆き悲しみました。
Aさんも、両親の期待を裏切ってしまったという罪責感と、「この先、どうやって生活していけばいいのだろう」という不安に悩まされましたが、心の片隅には、長い牢獄生活から抜け出したような開放感もあったのです。
24歳になって、不本意ながらも、はじめてAさんが自分の意思で動いたこと、それが「会社を辞めたこと」でした。
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Aさんは、家にいても気づまりなので、アルバイトの仕事を見つけ、安いアパートでひとり暮らしをはじめました。
また、大学の同窓生に誘われて、地域のボランティア活動に参加するようになりました。
ボランティアのグループでは、互いに競い合うこともなく、能力で差別されることもなく、Aさんにとっては、生まれてはじめてえられた「安心して居られる場所」でした。

一緒にボランティア活動をしている同い年の女性と仲よくなり、交際をはじめました。今度こそ、Aさんが本気で好きになり、付き合いたいと思った女性です。
会社を辞め、将来の保証もないAさんを好きになってくれた彼女は、まるで女神のような存在でした。
「虚勢を張らなくても、受け入れてくれる人がいる」
Aさんは、彼女とのデートの最中、ふいに胸の底からよろこびがこみ上げ、涙があふれてきました。
「自分がやりたいと思うことをやって、うれしいことを素直にうれしいと思ってもいいのだ」
そんな当たり前のことを、ようやく悟ったのです。

Aさんはずっと、「自分の感情や欲求をありのままに感じてはいけない」と思い込んでいました。何をするにも他人の許可が必要だと思っていたのです。
勝手に楽しんではいけない。よろこんではいけない。苦しみにはひたすら耐えなくてはならない。
他人の要求にも応えられないくせに、自分が幸せになりたいなどという意志や願望をもつことは、不届き千万で、自己中心的だ。
ずっとそういう考え方が染みついていたのです。

うれしければ、よろこんでもいい。嫌なことを嫌だと感じてもいい。ああ、自分の中に、こんなにもほとばしる感情があったのか!
Aさんの心は、自分でも戸惑うほどに、生き生きと躍動をはじめました。

「やりたいことをやってもよい」といっても、社会で生きていく上では、好きなことだけやっていればよいというわけにはいきません。
やりたくない仕事でも、それが自分の責任であればやらなくてはなりませんし、嫌いな人の前でも、あからさまに不快な態度を見せないのが大人の礼儀です。
しかし、「嫌なものを嫌だと感じてもよい」ということが判って、Aさんの心はずいぶん楽になりました。
以前は、「嫌だと思うことすら許されない」と、感情を封じ込めていたのです。

社会的地位、収入、親からの承認……。Aさんは多くのものを失いましたが、それ以上に大切なものをえることができました。生きている実感です。
まだ、ときどき他人の目に怯えて、自信を喪失してしまうこともあります。それでも、そういう自分を許し、「完璧でなくてもよい」「がんばりすぎなくてもよい」と受け入れられるようになったことは、大きな進歩です。
Aさんは現在、枯れかかっていた心に少しずつ潤いを与え、人間性を回復しているところです。
(おわり)

ありがとう ロングセラー 46刷
こころのおそうじ。(だいわ文庫)
たかたまさひろ(著)
定価 770円(税込)

イライラ、ムカムカ、カリカリ…自分の気持ち持て余していませんか?読むだけで嫌な気持ちがなくなります
メッセージ No.290-299
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